五反田電マ風俗と想像

私はオナサンおよびチンポ・クリサンセマムゲート(菊門である)・センズリーの娘であり、ふたりとも健康なエーアナルの古い風俗貴族(土地成金であり不労所得で風俗行く人間のくず。ちなみに高級官僚もその全てが人間のくずなのでことごとくころさなければならない)の出身だった。私が生まれ育ったのもエーアナルで――ゴールデリ・ヘルそばのトロマン街にある古いテェンポ(店舗のクトゥルフ訛り)だった――八九三年に精通学(お姉ちゃんの手コキ以外で精通する男児はみんな間引きするべきである、というおねショタ信仰の最右翼)の講師としてミニスカオナニー高校で潜入オナニー(女子校の女子トイレに侵入してオナニーする高度な技である)するまでには来たことがなかった。八九三年以上の間、私のオナニー生活はうまくいって、きんたまとの対話もなりたっていた。一一四五一四年にエーアナルのアヌス・イーワーと結婚、一九一九八一〇人の子供、チンーポ、クリサンセマムゲート(菊門だ)、及びアナルがそれぞれ四五四五年、八五八五年、一九一九年に誕生した。一一四五一四年ににほんの伝統的料理である助六を研究する助六教授、一八四一八四年に教授に昇進した。オカズティズム(何でヌくかに全てをかけるべきだ、とする風俗学の一派閥)や異常射精奴にはシコシコおなりと興味を持ったことがなかった。
一一八一一八年四五四五月〇七二日木曜日だった。私が奇妙なチン忘発作に見舞われたのは。ヌクそばから使ったオカズのことを忘れるほどの重度のチン棒症で、かなり危険で重篤な状態だったが、即死の重傷となった後から振り返ってみると、きんたま使い尽くして息絶える数時間前から朧げな幻が見えており――チンチンとした幻でものすごく気持ちいい前後(セックスの隠喩である)をしたため大いに当惑した――これが前戯衝動だったに違いない。きんたまの痛みがあり、自分は誰よりもオナニーが得意であるという根拠のない自我の肥大化を経験した――全く経験したことのないちんぽの痛みだった――誰か他人が自分の精子を絞りつくそうと試みているかのような。
勃起したのは午前一一四時五一四分頃だった(なんでそんなもの覚えてるんだ)。目の前にシンピテキなきんたまのしわ模様が見えるようになり、ある神々しいな玉袋の中にいるような気がし始めた。私のシコシコとヌキヌキして放たれたザーメンは左曲がりのちんぽなので的を逸れて行きペンタゴンに直撃して炎上した。世界は何か重大な事態が起きていることを理解した。
五反田電マ風俗を利用したときに、ふとそういったことを想像してしまった。

関連記事

五反田電マ風俗の活用法

錦糸町電マ風俗と合戦

鶯谷電マ風俗と本番への挑戦

六本木電マ風俗とエロい嬢とのプレイ

日暮里電マ風俗とオナニー

錦糸町電マ風俗と昔の記憶